不景気こそ電話占いに頼る
こんな時代だから誰もがもつ不安。
そのどの時よりも将来が不透明だ。
こういった不景気の時代にはこの先の不安が人々を占いに駆り立てる。
忘年会の集いごとに来年にまき起こる経済難と政治社会的混乱がどうなるのか?皆どうにか良い暮らしにならないかと願って占いをしたりする。
不景気の時期には生活に不安感がにじみ出てきて、心が沈み込む比重に反比例して占いが浮上する。
これは普段占いなんて信じない人も、自分の人生がうまくいかなくなれば、神にもすがりたい気持ちになるものだ。
占いとは
占いは神ではないが、その結果がよければ人はうれしくないわけはない。
もちろんこれは生活だけの不安でもない、若い男女、とくに占いが好きとされる女性は恋愛がうまくいっていない時期に、占いを好んでしたりする。
彼氏や彼女がいなければ、いつ頃出会いがあるのか?結婚はいつできるのか?相手はどのような人なのか?またどういう人と相性があうのか?などなど、自分自身では解決できない、でもたとえ占いとは言え、時期などの答えが分かっていれば自分の悩みはいずれ解決されるという希望がもてるのだ。
占いは一度気になると、その後もずっと気になってしまう傾向がある、一つの悩みが解決されれば、一時は終わるのだが、また新たな悩みが浮上するのが人間というもので、その都度占いで答えを見つけようとする人は実は相当多くいるのだ。
占いカフェ、サイバー占い、電話占い…. 大学の一生教育院やデパート文化センターのようなところでも占い講座が人気だ。
ところで、占いに関心を受ける社会は望ましいのか。
ある占い師は、私たちと同じ同僚者である占いに、人たちがせわしく集まってきて、たくさん訪れる時代は望ましい時代ではない。
と語っていた。
占いが人気を呼べば、人達は不安を抱いていると言う事だからだ。
そういった不安材料の多い世の中と言う事になる。
また自分に通達した人々は自然の摂理を理解して動いたので別に吉凶を占わなくてもよい。
二人の人間、いわゆる占い師と悩める人が一ヶ所に向かい合って座って不穏な時代の荒々しい雰囲気に対して話して、占いによって代案を求めている。
結論としては現実に順応しながら事物の兆しを知るようになる訓練をして、徐々に発展を企てろということである。
占いは所詮占いにすぎない。
自分自身で自分の周りを見極めて自分で進んでいくのが本来あるべき姿なのだ。